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砂漠の星

by 中村菜月

「もう帰りません」

コータローさんは友達のジンくんにそう伝言を残してどこかへ行ってしまった。
多分、日本ではないどこかだ。

わたしがコータローさんと話をしたのは二回で、一回目は彼と同じシェアハウスに住むジンくんが、
自然薯パーティーをするからといってハウスに誘ってくれたとき。


人で賑わうシェアハウスの台所で、コータローさんはニコニコと自然薯のフルコースを作っていた。多分、わたしは名前を教えたくらいだった。
わいわいがやがやとしている部屋の中では、私は人の話を聞いていることの方が多い。
わたしはひたすらにおいしいご飯をにこにこと食べていた。

何故か囲炉裏のあるハウスだった。
ハウスにきている人たちは不思議なくらいに暖かかった。一度しか会っていない人もいるけど、私のことももう忘れただろうけど、いつでも同じように会えそうな人たちだった。

二回目は近所の居酒屋さんだった。
あまり話せなかったからと言って、わざわざ声をかけてくれた。丁寧な人だ。コータローさんとジンくんとわたしの三人で、一番年上のコータローさんが色んな話を聞かせてくれて、おもしろくってずっと聞いていた。

でももう、だいたいの話は忘れてしまった。

コータローさんは多分三十路で、たしか、哲学を専攻していた。博士号もとっていた気がする。よく旅をしている。

だいたいの話は忘れたと書いたけれど、書いたあとにいろいろと思い出してきた。

物質はすべての色を持っているけど、反射することのできる色がそれぞれに決まっているから
それぞれの色はちがう。

みたいなことを言っていた。

だから赤は存在しないのに、どうして頭の中に「赤」を思い浮かべることができるんだろうとか

紫外線と赤外線の話...... これすごかったんだけど、なんだったかなあ。コータローさん、聞き手の選択誤ったかな。またじっくり聞けたら良かったんだけど。
しばらく君は本を読まないまま生きてもいいとわたしに言ったのもコータローさんだ。

ぽろっと、「どっか行く」って言っていた。

その数ヶ月後、コータローさんは本当にどこかへ行ってしまった。
友達にも、家族にもバイバイって

おもしろいひとだなーと思った。哲学のことは知らないのに、なんだか哲学的だなあと思った。

もう一生会わないであろう人は、わたしの中では永遠に「生きている」人間だと思う。ただしその生は等しく死でもあるのかな?と考えていた。

こんな分かりやすいサヨナラでなくても、卒業だとか引っ越しだとかでもう一生会わないであろう人って普通にいる。


それって生きていてもそうでなくても同じなの?って考えていた。


けれど、その人たちは無意識のうちにわたしの日常に取り込まれていて、わたしのどこかで生きている。ちゃんと気配がある。それってすごく大事なことだと思うんだ。

どこかで生きている

日常的に浸っている気づきにくいこの安心感に、自分はどれだけ支えられているだろう。
スコンと抜けた時、それに気がつく。

どこかで生きている

世界を広く感じ取れるのはこのおかげなのでは?

コータローさんを思い浮かべてももうはっきりと顔を思い出すことはできないけど、
何故か毎回、星空の下に広がる白い砂漠の映像が浮かぶ。

そんなところにはいないだろうけど、広くて美しくて、寂しさが心地よい。いい場所だよ。
どこにいても同じ星を見ることができるというのは不思議だ。

どこかで元気に生きていたら良いな。

おしまい


中村菜月
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