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by 中村菜月

密かに、「自分=世界」だと思っている。自己中心的であるというわけではなく、個人の数だけ世界があるという認識だ。
つきつめれば、「自分は自分、他人は他人」という聞き慣れた言葉になるのかもしれない。

自分たちは生きる時間と空間を共有している。個人という一つの世界が無数に絡み合っている。

個人を個人のみで形成することは不可能であり、複雑に干渉し合うそれぞれから断片を集めたり、再構築したりして形成を続ける。

時間と空間を共有し、非常に複雑に干渉し合うため、一つの同じ世界に生きているような錯覚に常にさらされ続けるが、
丁寧にほどけば一本の糸が無数にあるだけ。

それぞれの世界は知覚可能である。けれども、全く同じように知覚することはできない/確かめることができない

それぞれの世界は常識を共有し共存しようとするけれど、世界が異なるので若干ずれる。

それぞれの世界にはそれぞれが登場する。道端でただすれ違うだけの場合もあれば、一生を共にする場合もある。同一人物であっても、登場する世界によって存在の仕方が全く異なる。

集めてきた断片と断片から得る解釈が異なるから、全く同じにはなれない。どうしても理解がすれ違う。
世界が異なるので摩擦や衝突が起こる。

仕方がない。

それでも涙が流れるのは同じ場所に生きているから
気持ちが通じ合うのは同じような欠片を同じように大切にしているからかな。

全くの一つにはなれないから共に生きることを選択する。

数え切れないほどの悲しみをひとつひとつと生んで、それぞれがその隙間を埋めるように生きて布をつくっていく。それは希望だと思っている。



中村菜月
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