LOG IN

ある夜の同時

by 中村菜月

……犯人は現在、刃物を所持したまま東名高速道路を西へ逃走しているとみられ、警察は行方を……」こわいなあ。私はニュースを流し見ながら、最後のひとつに残ったコーンを皿の端へ、端へと追いやっていた。隣の家から漏れる食卓の会話と、遠くか細く伸びる救急車のサイレンが、気だるい夜風とともに部屋の窓から流れ込む。この平凡な夕食時に、たった今、あの高速道路のどこかで平凡ではない深刻な状況の当事者がいるというのか。わたしは「 犯人」について、少しだけ意識を馳せた。淡々と、高速道路を走る。夜という安定した暗闇は、車体を滑らかに押し出す。その穏やかさは、途方もない逃走の終わりを許さないために、じっとりと汗をつくる。ああ、よくない。

  いよいよ、背骨のあたりが夜を招いた。この部屋の夜ではない。あの高速道路でたった今アクセルペダルとともに踏み潰されている、或いは後部座席の足元を暗闇に溶かしている夜だ。ああ、よくない。

  「私」の意識は少しずつ隙間をつくりだし、「犯人」に変換されていった。それは丁度、夕方が夜を混ぜ入れるように円滑に行われた。ああ、よくない。興味を持つと、すぐこれだ。何度目だろう。今からは私が逃走の続きをしなくちゃならないのか。もう少しだけコーンを突っついていたかったよ。

  私はアクセルペダルを踏み込み、じっと前を見た。加速したい、という具体的な感情が足先を伝い、身体を抜け出してエンジンを回す。何て自由なんだ。追われることは不自由だ。けれども、逃げることはこんなにも自由なのか。せっかくだ、窓を開けよう、海ではね、こんなふうに夜風に当たれることが無いんだ。いいなあ、風。夜はまるで水の中だ。暗闇が身体を支えてくれるようだ。しかし、何だろう。夜じゃ足りない、海がいい。私をほんとうに豊かに包むことができるのは海なのだから。ああ、浮きたい、浮きたい。

  遠く遠く、波を忘れた平坦な海が、水平線を面に星を撒いていた。ふいに、ぽちゃん、とイルカが浮かんだ。イルカは風のない夜に少しだけ安心し、呼吸をした。まるでこの呼吸だけが風だと考え、しばらく星を眺め、また泳ぎはじめた。

OTHER SNAPS